2010年12月26日

誰かに批判されたとき・・・

アチャン・チャー

人はたいてい自分にとって嫌なことがあると、それを受け入れません。
たとえば誰かが自分を批判したとき、「うるさい、なんで私を責めるんだ!」と考えるでしょう。
これは心を閉ざしている状態です。
まさにここが実践の場なのです。

誰かに批判されたときには、耳を傾けるべきです。
その人が言っていることは事実ですか、と。
心を開き、彼らが言うことを考察するのです。

彼らが言うことは大事なことかもしれませんし、もしかすると、自分には何か非難されるに値することがあるのかもしれません。
彼らは正しいかもしれないのです。

でも、私たちはそのようには考えず、すぐに腹を立てるのです。

誰かに自分の欠点を指摘されたときには、
努力してその欠点を直し、自己を成長させなければなりません。

これが智慧ある人の実践法なのです。

2010年12月21日

8つの立派な性格

ハッタカ・アーラワカ (Hattaka) は、大変人気のある若者で、500人もの仲間を統率する立派なリーダーでした。お釈迦様は比丘たちに、「ハッタカは稀有で立派な性格を8つ身につけています」 と話しました。その8つとは、

 1.仏法僧に対して確信がある(Saddha )
 2.戒律・道徳が完全に身についている(Silava )
 3.悪行為をするのを恥じる(Hirima )
 4.悪行為をするのを恐れる(Ottapi )
 5.学識がある(特に仏教に対して)(Bahussuto )
 6.施す(Cagava )
 7.お釈迦様が説く真理を理解している(Punnaya )
 8.少欲(Apiccho )

2010年12月1日

道徳

財産は 家を美しく、豪華に飾るが  
人を美しく、立派にするのは 道徳 である
服は 身体を美しく飾るが 
人を美しく、清らかにするのは 善い行為 である

外見をいくら飾っても 立派な人間にはなりません。
心を清らかにし、道徳的な生き方をすることによって、
人は立派な人間になるのです。

地位、階級、肌の色、財産、権力が 人を立派にするのではありません。
人を価値ある立派な人間にするのは、道徳です。
  
~スリダンマナンダ長老

2010年11月29日

リンカーン

善いことをすれば幸福になる
悪いことをすれば不幸になる
これがわたしの宗教である

~エイブラハム・リンカーン

2010年11月25日

自己に打ち克つ

自己に打ち克つことは
他人に勝つことよりも優れている
神も、悪魔も、梵天にも
常に自己を制御し おこないを慎んでいる人の勝利を
打ち負かすことはできない

~ダンマパダ

2010年11月19日

自己を改善するには

どんな人でも、自分では気づかない欠点があります。
他人は自分の鏡であり、
智慧をもって見るなら、
他人を通して 自分の欠点を知ることができるでしょう。

ですから、欠点を示してくれた人のことを、
「自分の知らない宝を発掘してくれた人」
と考えたほうがよいのです。
なぜなら 自己を改善させるには、
まず自分の欠点を知る必要があるからです。
自己を改善することは、
「覚り」に達するためのまっすぐの道です。

欠点を乗り越えるには、
まず 自分にどんな欠点があるか、ということを知らなければなりません。
欠点を知ったとき初めて、
その欠点を乗り越え、
心の奥深くに潜在している清らかな性質を育てることができるのです。

~グナラタナ長老

2010年11月14日

自分を大切に

自分を大切にしてください。
自分は完璧ではありませんし、欠点もあるでしょう。
しかし自分の心を清らかにできるのは 自分しかいないのです。
自分を知ることのプロセスは、
まず自分を完全に受け入れることから始まるのです。

~グナラタナ長老

2010年11月11日

問題をチャレンジとして見る

嫌なことが起こったとき
その現象は、自分が学び成長するための機会である
と考えてください。
嫌なことから逃げないでください。
自分を責めないでください。
黙り込んで問題のプレッシャーに押しつぶされないようにしてください。 

あなたは今、問題をかかえていますか? 
すばらしい。
成長する恰好の材料です。
喜んでください。
その問題に直面し、研究してください。

~グナラタナ長老

2010年11月1日

何のために戦うのか?

人類の歴史は、貪欲、憎悪、傲慢、嫉妬、わがまま、妄想などが 絶え間なく表面化してきた混乱の現れです。過去3000年間に 人類は大きな戦争を 15000ほど起こしたと言われています。
戦うことは 人間の特性なのでしょうか? 何のために戦うのでしょうか? 人間はなぜ同じ仲間である人間を殺すのでしょうか?
私たちは、攻撃性という本能に従うべきではありません。
そうではなく 幸せになるために、賢者が説く智慧の教えに耳を傾け、道徳的な行為をとるべきです。
 
~スリダンマーナンダ長老

2010年10月24日

自ら励みなさい

よく、このような質問を受けます。
「自分の心に慈悲を育てたら、他人の痛みや苦しみ、憎しみを取り除くことができますか?」

お釈迦さまですら、他の人にたいして 「やすらかで幸せになりますように」と願うだけでは、
その人の痛みや苦しみを取り除くことはできませんでした。

お釈迦さまはこのようにおっしゃいました。
 
 あなた方は解脱するために 
 自ら励みなさい。
 仏陀は法を説くだけである。

 ~グナラタナ長老

2010年10月17日

「他者に尽くす」とは

「他者に尽くす」ということは、
自分を犠牲にして 自分ができる以上のことをやることだ
と多くの人が考えています。
しかし、これは事実ではありません。
なぜなら、どんなことも
「どんな心で尽くすか」という その人の気持ちや
どのくらい「無私の心」を育てているか、ということで決まるからです。

~スリダンマナンダ長老

2010年10月11日

慈しみの土台

慈悲の瞑想は、心に やすらぎと幸せをつくり、
清らかな心を 真に育てる 本物の瞑想です。
慈しみを 他人の心に植え付けることはできません。
また 他人が 自分の心に植え付けることもできません。
それぞれの人が、自分の心に慈しみが育つよう、
自分で 慈しみの土台を作らなければならないのです。

~グナラタナ長老

2010年10月3日

慈しみ

慈しみはよく太陽に譬えられます。
おそらくそれは、
慈しみはすべての生命にたいして
とても温かい心を注いでいるからでしょう。

ちょうど太陽が地球に暖かさをもたらすように、
慈しみは生きとし生けるものに温かさをもたらします。

太陽が 世界のありとあらゆるものに 差別なく降り注いでいるように、
慈しみは 生きとし生けるものすべてに 差別なく染みわたっていきます。

太陽が暗闇を消すように、
慈しみは憎しみの暗闇を消すのです。

~グナラタナ長老

2010年9月30日

阿羅漢の智慧

阿羅漢 (完全に覚った人)の智慧 は、
ものごとを あるがままに観察します。
心を散乱させることも 混乱させることもなく、
生じてくる諸々の感覚を 
始めから終わりまで観察するのです。

2010年9月25日

瞑想をすると・・・

瞑想をすると、心も身体も 自然にリラックスします。
そして 煩悩は消えていきます。
眠気や睡魔は 注意深さに換わり、
曖昧さや優柔不断は 確信に換わります。
怒りや憎しみは 喜びに換わり、
不安や悩みは 幸福に換わります。
そして潜在意識に埋もれていた慈しみが表面にあらわれ、
それによって 私たちは より穏やかで幸せになるのです。

~グナラタナ長老

2010年9月18日

心が清らかな人を非難する人・・・

心が清らかな人を非難する人は、
天に向かって唾を吐くようなものです。
唾は天を汚さず、唾を吐いた人を汚します。

他人の悪口を言う人は、
向かい風に向かって塵を投げるようなものです。
投げた塵は、投げた人に降りかかります。

心が清らかな人を傷つけることはできません。
苦しみは、悪口を言った人に戻ります。

~スリダンマナンダ長老

2010年9月12日

自分の苦しみは・・・

自分に生じている苦しみは、自分の責任です。

何かにたいして いらだったり いやな気持ちになったりすれば、
自分の心に 苦しみが生まれます。

ですから、世界が悪いのではなく、
いやな気持ちになった自分が悪い
ということを 理解してください。

~スリダンマナンダ長老

2010年9月4日

自分が一番愛おしい

全世界のどこを探しても、
自分より愛しい人を見つけることはできません。
自分が 他の誰よりも愛おしい。
そのように、他の生命も 自分のことが いちばん愛おしい。
それゆえ、自分を愛する者は 他の者を害してはなりません。

2010年8月29日

怒り

怒りには
心のエネルギーを消耗させ、
これまで積み上げてきた瞑想や
戒律の実践を 台無しにする
破壊力があります

~グナラタナ長老

2010年8月22日

どうすれば・・・

どうすれば
心の安らぎ、穏やかさ、落ち着きが
得られるでしょうか?

自分の優越感を減らし
高慢を追い払い
エゴを抑え
頑固さを捨て
冷静にいることです。
 
~スリダンマナンダ長老

2010年8月20日

世界は鏡のようなものです。
笑いながら 鏡を見てください。
そうすれば 美しい笑顔が見えるでしょう。

不機嫌な顔で 鏡を見てください。
醜い顔が 映るでしょう。

同様に、
思いやりをもって 社会のなかで生活してください。
そうすれば 社会も あなたを親切に扱ってくれるでしょう。

穏やかな気持ちでいることを学んでください。
社会は あなたにやさしく接してくれるでしょう。

~スリダンマナンダ長老

2010年8月1日

徳は、日々こつこつと 道徳を実践することによって育ちます。
ですから 徳を積みたい人は
日常生活のなかで  「道徳を守ること」 を習慣にすることが大切です。
これは、良い点数をとりたい学生が
毎日こつこつ勉強しなければならないことと同じです。

~スリダンマーナンダ長老

2010年7月27日

Katannu sutta 【恩を知る】

”比丘たちよ、人格者(立派な人)とはどのような人か、
人格者ではない人(立派ではない人)とはどのような人か、
ということについて説きます。よく注意して聞いてください”

”世尊よ、わかりました” と比丘たちは答えました。

”「人格者ではない人」 とはどのような人でしょうか?
「人格者ではない人」 とは、自分(たち)を助けてくれた人の恩を知らず、
感謝しない人のことです。
この 感謝しない恩知らずは、下品な人の習性です。
これが 「人格者ではない人」 です。

「人格者」 とはどのような人でしょうか?
「人格者」 とは、自分(たち)を助けてくれた人の恩を知り、
感謝する人のことです。
感謝をし、恩を知る人は、善良な人の習性です。
これが 「人格者」 です”

~Katannu sutta

2010年7月21日

報恩・感謝

お釈迦様は 「報恩はすばらしい徳である」 と教えました。

しかし現実社会を見ると、感謝し、恩返しする人は ほとんどいません。

人は忘れやすい傾向があり、とくに 他人に助けてもらったことは
簡単に忘れてしまうのです。

~スリダンマーナンダ長老

2010年7月20日

天に向かって唾を吐く人

心が清らかな人を非難する人は、
天に向かって唾を吐くようなものです。
唾は天を汚さず、唾を吐いた人を汚します。

他人の悪口を言う人は、
向かい風に向かって塵を投げるようなものです。
投げた塵は、投げた人に降りかかります。

心が清らかな人を傷つけることはできません。
苦しみは、悪口を言った人に戻ります。

~スリダンマーナンダ長老

2010年7月14日

心を見る

アチャン・チャー

あの人が悪い、この人が悪い、とあちこち周りを見ないように。
自分の心を見て、この思考(感情)はどこから来ているのか、なぜこんなことを考えているのか、と見るようにしてください。

2010年7月10日

ただ観るだけ

日常、生活するときは、概念が必要です。
このとき、大まかな気づきと理解を使って
自分の行動、思考、意志などを観察します。
でも、苦しみを完全に終わらせたい人は
ほんの少しの時間 … 1日 30分だけでも
「ただ観るだけ」 の実践をすべきです。

~シンシア・タッチャー

2010年7月7日

この行為は本当に必要?

グナラタナ長老

毎日習慣的にやっていることを、正直に見てください。

また、どのように時間を過ごしているかを見てください。

そして自分に問うてください。

「この行為/この仕事は本当に必要なことか、

それとも、ただ忙しくしているだけなのか?」と。

無意味な悪い行為をやめるなら、

大きな穏やかさと静けさが得られるでしょう。

穏やかさと静けさは、

修行を進めるために欠かせないものです。


2010年7月6日

育てる

人生は 庭のようなものである。
思考が (庭に咲く植物の) 種 である。
もし あなたの人生が よいものではないなら、
これまでずっと
あなたは雑草に水をあげていたのだろう。

by テリー・プリンス

2010年7月5日

目的は?

アチャン・チャー

お布施をするときも、お釈迦様の教えを聞くときも、瞑想するときも、何をするときも、
智慧を開発する目的でおこなうべきです。智慧を開発するのは、解脱するためです。
解脱すれば、どんな状況でも、苦しみは微塵もありません。

自分の心の苦しみをなくすこと

私たちはちょっとしたことで腹を立て、
それを誰かのせいにします。
― 友だち、部下、上司、近所の人、
子ども、妻、夫、親、政府などのせいに ―
また、欲しいものが手に入らなかったり、
大切なものをなくしてしまったとき、
落ち込みます。
こうして心を苦しめるのです。
そして苦しみをなくすために、周りを変えようとします。
でも、周りを変えようしても、幸福にはなりません。
自分の心の苦しみをなくすことが、
幸福への道なのです。

―グナラタナ長老

June 15, 2010

自己の心を清らかに

今、あなたは家族や他の人にたいして
多くの責任を抱えているかもしれません。
それはいいことです。
でも、注意してください。
自分の心を穏やかにし、智慧を育てることを
犠牲にしないように。
他人を助けることは大事なことです。
でも、お釈迦様はおっしゃっています。
「まず、自己の心を清らかにしなさい」と。

-グナラタナ長老

June 07, 2010