2010年7月27日

Katannu sutta 【恩を知る】

”比丘たちよ、人格者(立派な人)とはどのような人か、
人格者ではない人(立派ではない人)とはどのような人か、
ということについて説きます。よく注意して聞いてください”

”世尊よ、わかりました” と比丘たちは答えました。

”「人格者ではない人」 とはどのような人でしょうか?
「人格者ではない人」 とは、自分(たち)を助けてくれた人の恩を知らず、
感謝しない人のことです。
この 感謝しない恩知らずは、下品な人の習性です。
これが 「人格者ではない人」 です。

「人格者」 とはどのような人でしょうか?
「人格者」 とは、自分(たち)を助けてくれた人の恩を知り、
感謝する人のことです。
感謝をし、恩を知る人は、善良な人の習性です。
これが 「人格者」 です”

~Katannu sutta

2010年7月21日

報恩・感謝

お釈迦様は 「報恩はすばらしい徳である」 と教えました。

しかし現実社会を見ると、感謝し、恩返しする人は ほとんどいません。

人は忘れやすい傾向があり、とくに 他人に助けてもらったことは
簡単に忘れてしまうのです。

~スリダンマーナンダ長老

2010年7月20日

天に向かって唾を吐く人

心が清らかな人を非難する人は、
天に向かって唾を吐くようなものです。
唾は天を汚さず、唾を吐いた人を汚します。

他人の悪口を言う人は、
向かい風に向かって塵を投げるようなものです。
投げた塵は、投げた人に降りかかります。

心が清らかな人を傷つけることはできません。
苦しみは、悪口を言った人に戻ります。

~スリダンマーナンダ長老

2010年7月14日

心を見る

アチャン・チャー

あの人が悪い、この人が悪い、とあちこち周りを見ないように。
自分の心を見て、この思考(感情)はどこから来ているのか、なぜこんなことを考えているのか、と見るようにしてください。

2010年7月10日

ただ観るだけ

日常、生活するときは、概念が必要です。
このとき、大まかな気づきと理解を使って
自分の行動、思考、意志などを観察します。
でも、苦しみを完全に終わらせたい人は
ほんの少しの時間 … 1日 30分だけでも
「ただ観るだけ」 の実践をすべきです。

~シンシア・タッチャー

2010年7月7日

この行為は本当に必要?

グナラタナ長老

毎日習慣的にやっていることを、正直に見てください。

また、どのように時間を過ごしているかを見てください。

そして自分に問うてください。

「この行為/この仕事は本当に必要なことか、

それとも、ただ忙しくしているだけなのか?」と。

無意味な悪い行為をやめるなら、

大きな穏やかさと静けさが得られるでしょう。

穏やかさと静けさは、

修行を進めるために欠かせないものです。


2010年7月6日

育てる

人生は 庭のようなものである。
思考が (庭に咲く植物の) 種 である。
もし あなたの人生が よいものではないなら、
これまでずっと
あなたは雑草に水をあげていたのだろう。

by テリー・プリンス

2010年7月5日

目的は?

アチャン・チャー

お布施をするときも、お釈迦様の教えを聞くときも、瞑想するときも、何をするときも、
智慧を開発する目的でおこなうべきです。智慧を開発するのは、解脱するためです。
解脱すれば、どんな状況でも、苦しみは微塵もありません。

自分の心の苦しみをなくすこと

私たちはちょっとしたことで腹を立て、
それを誰かのせいにします。
― 友だち、部下、上司、近所の人、
子ども、妻、夫、親、政府などのせいに ―
また、欲しいものが手に入らなかったり、
大切なものをなくしてしまったとき、
落ち込みます。
こうして心を苦しめるのです。
そして苦しみをなくすために、周りを変えようとします。
でも、周りを変えようしても、幸福にはなりません。
自分の心の苦しみをなくすことが、
幸福への道なのです。

―グナラタナ長老

June 15, 2010

自己の心を清らかに

今、あなたは家族や他の人にたいして
多くの責任を抱えているかもしれません。
それはいいことです。
でも、注意してください。
自分の心を穏やかにし、智慧を育てることを
犠牲にしないように。
他人を助けることは大事なことです。
でも、お釈迦様はおっしゃっています。
「まず、自己の心を清らかにしなさい」と。

-グナラタナ長老

June 07, 2010