2012年12月6日

瞑想の知識・・・

グナラタナ長老 

瞑想に関する知識を何も学ばずに、ただ瞑想だけしたい と言う人がときどきいます。
理論的な知識は瞑想の妨げになる と考えているのです。

このような人を、「旅行者」に譬えることができます。
仮に、ワシントンD.C.に行くとしましょう。
旅行者は自信たっぷりで、目的地に着く自信さえあればそれで十分だと考えています。
この人は 車を持っています。車に乗り、ハンドルに向かって座り、運転を始めます。
でも、旅行の準備がありません。
道路や道路の状況、天候については何も知らないのです。
地図の用意もありません。
あるのは、車と 運転の自信、そしていくらかの経験だけです。
車には ガソリンやオイル、他の部品は十分にあります。
長い時間、体力と時間、ガソリンを費やして道路を走ります。
運転をしていれば、実際どこかに到着するでしょう。
でも、そこは目的地(ワシントンD.C.)とはかぎらないのです。

これとは違い、智慧のある旅行者は、
地図を詳しく調べたり、(必要ならば)まわり道をしたり、自分よりも経験のある人に聞いたりもします。旅行者がワシントンD.C.に行きたくて、ワシントンD.C.という場所が実際にあるなら、旅行者はその場所に辿り着けるでしょう。

同様に、瞑想するときにも 目的地が必要です。
それから、多くの哲学的、推論的な理論は必ずしも必要ありませんが、ガイドラインは いくらか必要です。
ガイドラインとは、道を進むための標識であり、それがあれば 推測ではなく、正しい方向に進んでいるかどうかを知ることができます。

確かに自信は必要ですが、自信だけでは十分ではありません。
理論的な知識を持ち、理解することも必要なのです。